お尻強打事件顛末記
 寸でのところで深刻な事態になったかも知れない出来事だけど少々ラフに書いて、(とは言いながら、管理人の文体のせいでついついお役所の報告書っぽくなってしまうかも知れないけど)ついでにいろいろ考えてみようと思う。。このホーム・ページにアクセスして掲示板を覗いたことのある方ならすでにご存知だろうけど、「ぼよぼよ」のグランド・フォール事件のことだ。

 我が家、すでに17年ほどクライミングをしているけど(もちろん12才のD-manは別。管理人については学生時代の岩登りの期間を入れれば20年以上)、グランド・フォール(地面までの墜落)、特に今回ほどの高さからのものは初めての経験だった。もちろんクライミング・ジムで一歩上がった途端にバランスを崩してボトッと床まで落ちることはあるし、管理人自身も10年ほど前フランスはビュークス(最近のクライマーは知らない?)に近い街アプトの北にあるラベンダー畑を見下ろすとある岩場で一本目のプロテクションをとる前に岩が欠けてものの見事に墜落したことはある。この時はほんの2メートルほどの墜落ではあったが、肉のないお尻から取り付きの岩棚に落ちて肉がないゆえに尾てい骨を強打し3日間ほど動けなかった経験がある。いずれにしても、クライミングはスポーツではないと言う御仁もいるかも知れないけど、スポーツで多少のケガをするのはまあよくあることで、クライミングも例外ではないだろう。ましてや「落ちる」のは不可避である。

 さて「ぼよぼよ」のグランド・フォール事件の状況を少し説明して見たい。ブリアンソンからデュランス川沿いに国道を南下し、道が左岸に渡る橋の手前を右に、トラベルセ(この名前を聞いてお宝"大工ビデオ"を思い出す人はクライミング歴が長く、且つかなりのマニア)とかビニェッテという岩場に向かう道に入る。途中道の両側にポツンポツンと家のある小さな村を通り過ぎて、やがて現れる右手の山腹に上がる道(全面舗装ではない)に入る。埃っぽい道を10分ほど車で行くと、これまた家の数10軒ほどの小さな村があるのでそこに車を止めて視線を上にやると岩場が見える。そこが事件現場のブーシエールという岩場だ。村から岩場までは「ここで石を落とすとあの家の屋根にあたるなあ」なんて考えながら15分ぐらいの登り。上下に分かれて2つ壁がある。

 その日、壁が日陰になるころを見計らって登り出した我が家が下の壁に到着すると既に4人のイタリア人グループが登っていた。イタリア人グループとは言ってもそのうちの女性一人は英語圏の人で、おまけに面白いことに柴犬を連れていた。最初は柴犬だと言い切れないまでも、そのあまりにも癒し系の「醤油顔」はどう見ても日本産の柴犬としか見えないので物珍しさで我が家が「SHIBA-KEN、SHIBA-KEN」と日本語でコメントしていたところ、「SHIBA」という部分が耳に入ったのか「コレハSHIBA-INUデス」という反応が返ってきた。そう言えばそうだけど、日本人が「ヨークシャーテリヤ」だとか「パピオン」とか洋犬を求めるように、あっちの人が遥か彼方の日本犬を買ってもよいわけだ。向こうの人にとって日本犬は洋犬だろうしね。(そういえば小川山の屋根岩五峰の下に「柴犬ミネ」というルートがあるけど、D-manは「柴犬峰」、柴犬という峰があると理解していたそうだ。日本語って難しい?)

 おっと本題に戻って、下の岩場は取り付きが少々狭いしウォーミング・アップに良さそうなルートには彼らが取り付いていたので、我が家は上の壁に行くことにした。で着いてみると取り付きも悪くなく、比較的ホールドの多そうな薄っ被りの面白そうなフェース。さっそく荷を解いて一本目、6b(5.10b)のルートで「ぼよぼよ」、D-manの順でウォーミング・アップ。2本目は右隣の6c(5.11a)とし、まずは管理人がヌンチャクを架けながらリード。このグレードにしては少々癖ありと感じる。次に「ぼよぼよ」が登り出す。ビレーヤーはD-man。普通はD-manがビレーヤーの場合、特に体重差のことを考えて、登っていない「ぼよぼよ」か管理人かがすぐ近くに控えていたけど、その時は「ぼよぼよ」が登り出す前に管理人は用を足しに取り付きの近くから離れ、用を足した後も少し離れた(15メートルほど)ところから観戦という状況になっていた。

 この6c(5.11a)のルート、最初のボルトまでは一段ヨイショと上がるような感じでおまけ。一段上がって最初のボルトにヌンチャクを掛けてロープを通したら、ボルト・ライン左の割れ目を縦に使って実質的なクライミングが始まる。ボルト3本目からは、今度は右手にある縦の割れ目を多用する。でボルト4本目からは壁の中のホールド(細かい)を拾うようにして登る。で「ぼよぼよ」、6c(5.11a)ぐらいのグレードのルートで落ちることもあまりないので管理人も特に警戒してはいなかった。ビレイヤーのD-manもまさか「ぼよぼよ」が落ちるとはやはり考えていなかったようだ。ただし、ここに大きな落とし穴。岩が欠けるのである。

 「ぼよぼよ」が4本目のヌンチャクのカラビナにロープを通してから真上の壁の中にある小さなホールド(チョークが付いていて、それまでに他のクライマーが使った形跡あり)を左手で押さえて右手を右方向に伸ばした時、左手で保持していたホールドが突然欠けてしまい、この"突然さ"がビレイヤーの確保器(通称グリグリ)の使い方を誤らせてしまったのである。グリグリは墜落の衝撃をロープから受けることによって、その中を通るクライミング・ロープをカムが押さえロープを固定する仕組みになっているのだが、D-manはロープのグリグリから出てクライマーに結ばれている側を"思わず"握ってしまった。で、ロープが握られることによって墜落の衝撃がうまくグリグリに伝わらなかったのでカムが働かず、ロープはグリグリの中を滑り続けてしまった。

 クライミングと墜落は切っても切れない縁があり、必ず墜落するものである。もちろん墜落しても安全なように様々な道具、対策をとっておくのだが。だから、墜落のシーンは別に珍しいものでもなく、クライマーが落ちるのは日常茶飯事の光景だ。落ちたことのないクライマーがいたら、その人は登っていないということだろう。でも安全な範囲で落ちるのと、地面まで落ちてしまうのは全く意味が違う。その「ぼよぼよ」が落ちる瞬間を目撃した管理人は、"いつものよう"に足元にあるボルト(プロテクション)のところでぶら下がって終わりだろうと思ったのもつかの間、「ぼよぼよ」は落ち続けたのある。地面に落ちた瞬間は角度の関係(管理人はすこし下から見上げる位置にいた)で直接目撃することはできなかったが、D-manが墜落を止めようと必死にロープを握り締めていたお陰(?)でほぼ直立した姿勢で足、お尻の順番で着地したようだ。ただこのクライマー側のロープを握るという行為は、グリグリ(確保器)の効果を殺してしまうもので、絶対にしてはならない行為である。そのお陰で全くの自由落下ではなかったのは全くの皮肉と言って良いだろう。

 たしかにD-manは12才の子供だ。でもそれ自体が不適切な行為の原因になったとは考えていない。ビレイヤーが大人であってもグリグリの誤った使い方が原因で起きた、似たような事故例もある。「溺れる人間、藁をもつかむ」ではないが、とっさの時に「握って」しまうのも人間の自然な反応なのかもしれない。じゃあ人間の自然な反応の反対を要求するグリグリは確保器としては相応しくないのではとも考えられるが、必ずしもそうではない。実は、グリグリの製造メーカー「ペッツル」社によれば墜落を止める際にはクライマーの側ではない、フリーになっている反対側のロープを下に引けとある。これは他のタイプの確保器を使って墜落を止める時にもすることだ。引くためには握らなくてはならない。「握る」のが完全に悪いわけではなく握る部分が問題になのだ。日本人クライマーのほとんどが使っているATC系の確保器を使った場合でも、クライマー側のロープだけを握っていても墜落を止めることはできず、反対側のロープを握ることが肝心なことと同じ。だから、別に我が家は「ペッツル」社の回し者ではないが、グリグリに原因はないと考えている。クライミングに墜落はつきもの、様々な原因での墜落が容易に想定される以上、ビレイヤーがクライマーの動きをしっかり見て絶えず次の瞬間に起きうることに想像力を働かせ続ければ、"突然"の墜落はないはずである。要するに、肝心なのは"ビレイヤーのビレーの際の意識"と"道具の正しい使い方"なのだ。同時に"道具を正しく使うためのトレーニング"も必要だろう。考えてみれば、これはあらゆるタイプの確保器に共通するあたり前のことだ。「まさか落ちはしないだろう」と考えるビレイヤーの緊張の緩みと確保器という道具を完全にはマスターしていなかった-それを目的としたトレーニングの欠如-ということが今回の事件の原因だと今は考えている。

 その昔、確保といえば「肩がらみ」とか「腰がらみ」といったザイル(ロープ)を体に回すだけの不確実な確保法しかなかった時代、多くの山岳会、クラブ等が実際の岩場(ゲレンデ)で墜落を止める確保練習というものを実施していたと記憶する。昨今、確保器が進化してさほどの墜落を止めるのにさほど熟練を必要としなくなったという現実もあるし、山岳会、クラブといった一種の教育システムの存在も薄い。スポーツ・クライミングは自分が登っている時のビレイヤーを必要とするものの、基本的には自分ひとりで始められる。クライミングの普及にクライミング・ジムの存在は大いに貢献してはいるが、そこで確保練習なんてことはまずやっていないだろう。で「スポーツ・クライミング=登ることのみ」という図式が多くのクライマーの頭の中に出来てしまっているのではないだろうか。

 「ぼよぼよ」と管理人、比較的長いクライミング歴の中で確保技術というものをパートナーを地面まで落としてしまうこともなく自然と経験的に身につけてきたが、D-manに対しては登る(登らせる)ことにばかり目を奪われ確保技術の伝達ということがおろそかになっていたのだろう。いずれにしても、今回の事件を通じ、クライマー各自が個人レベルで確保というクライミングに不可欠な行為について今一度意識的にとらえる必要性を、まさに痛切に学んだ。(一番ほんとうに痛かったのは「ぼよぼよ」だけど。ご苦労様)

追記:帰国後レントゲンを撮ったところ、骨には異常なしといわれほっとしてたんですが、1ヶ月半経過してもまだ痛みがあるので違う医者に診て貰ったら、「もうくっついてますけどヒビが入ってたようですね。」と言われてしまった・・・のでした。

     事件現場
4本目のボルトにクリップしてから、その上の黄色い岩のところにあるホールドが欠けて落ちる。
上向きで撮影しているせいもあるが、3本目と4本目のボルトはフランスにしては近い。
でも、墜落距離は8メートルほど。

『おんどりゃ、われー、ちゃんと確保しとらんか!』
グランド・フォール、2時間後。
赤丸は着地した地面。壁が緩く前傾していることもあり取り付きより前に出ている。

管理人 2004年8月下旬記

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